本間宗究(本間裕)のコラム

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2021.4.27

宗教と哲学

現在は、「お金が神様となった時代」であり、かつての「宗教や哲学」は、ほとんど忘れ去られた状態となっている。つまり、「神は死んだ」という「ニーチェの言葉」に代表されるように、「科学的に証明されないものは、存在自体を信用すべきではない」というような認識が世界的に広まった状況とも言えるが、この結果として発生した出来事が「地球環境の悪化」であり、また、「新型コロナウイルスの発生」だったものと考えられるのである。

別の言葉では、「西暦1200年から2000年」という「西洋の時代」において、「人類の驕り」がピークに達し、その結果として、「大自然による人類の淘汰」が始まった状況のようにも思われるのである。つまり、「文明法則史学」が教えるとおりの展開とも言えるようだが、この点に関して、最も重要な役割を果たしていたのが、やはり、「救いの概念」だったようにも感じている。

具体的には、「お金を持っていれば救われる」とういう認識のことだが、この点については、「西暦400年から1200年」の「東洋の時代」において、多くの人々が抱いた「神を信じれば救われる」という認識と同様の状況のようにも感じている。つまり、現代人は、影も形も存在しない「単なる数字」を保有することにより、「自分の人生は安泰だ」と考えているようだが、このことは、「800年前の人々が、念仏を唱えれば、自分の来世も安泰だ」という理解と同様の状況とも思われるのである。

別の言葉では、現代人が、「お金の謎」を考えず、「お金の所有」だけに拘った結果として、「マネーの大膨張」が発生し、今後は、「紙幣の大増刷が引き起こす未曽有の規模の大インフレに悩まされる展開」が想定される段階のことである。そして、この事実を応用すると、「宗教と哲学の違い」も理解可能な状況とも思われるが、実際には、「神とは何か?」、あるいは、「自分は、いったい、何者なのか?」などを考えることが、本当の意味での「哲学(フィロソフィー)」、すなわち、「知を愛すること」とも思われるのである。

つまり、これから必要とされることは、「現代人は、何を理解し、何が理解できていないのか?」を根本から考えることであり、具体的には、「ギリシャ神話」や「ウパニシャッド哲学」にまで遡り、「今までに、人類は、どのようなことを考え、どのような発見をしたのか?」を考えることとも思われるが、結果としては、この方法が、現在の問題解決における「最短の道筋」のようにも感じている。