本間宗究(本間裕)のコラム

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2021.9.1

思索の千日回峰行

1999年9月から始まった「日本証券新聞のコラム連載」は、2021年8月に「1000回の節目」を迎えることができ、私自身としては、「比叡山の千日回峰行」ならぬ「思索における千回回峰行」を達成したような満足感を得ることができた。より具体的には、私自身のライフワークである「お金の謎」、「時間のサイクル」、そして、「心の謎」について、「数多くの先人の意見を参考にしながら、自分が満足のいく答えを得られた状況」のようにも感じられた次第である。

別の言葉では、1977年から2000年までの「約22年間の実践期間」を経て、その後、「約22年間の理論構築期間」を、無事に乗り越えることができた段階とも感じている。そして、今後は、「私が構築した理論が、どれほど、将来の展開を説明できるのか?」、すなわち、「これから発生する現象が、どれほど、私の理論と合致しているのか?」を具体的に検証する段階に入ったものと考えている。

また、今までの44年間を振り返ると、最も難しかった点は、やはり、「デリバティブの大膨張」が産み出した「大量のデジタル通貨」の存在であり、実際には、「世界中の人々が、現代の神様となったデジタル通貨に惑わされ、地球環境までをも破壊しようとしている事態」のことである。つまり、「お金儲け」のために「自分の命」を犠牲にしているような状態のことだが、今回の「コロナショック」については、「人々の目を覚ます役割を果たしている状況」のようにも感じている。

より詳しく申し上げると、世界の歴史を振り返ると、根底には、「神の計らい」とでも呼ぶべき「荘厳なプラン」が存在しており、現在の「異常気象」についても、「煩悩即菩提」という仏教の教えのとおりに、「人類発展のための必要悪」とも思われるのである。つまり、最初に、「自然科学」が発展し、その後、「社会科学」が発展期を迎える状況のことだが、このために必要なことは、「文明法則史学」が教える「800年毎の文明交代」とも想定されるのである。

そして、現在は、「西洋の物質文明」から「東洋の精神文明」への移行段階とも考えているが、最近になって、ようやく気づかされたことは、「100年ほど前から発展し始めた量子力学」などの「ミクロの物理学」が、基本的に、「般若心経」が教えるとおりに、「神の智慧を、人間社会に、どのようにして移行するのか?」という「智慧に関する方法論」だった可能性とも考えている。