本間宗究(本間裕)のコラム

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2016.4.13

バドミントン選手の違法賭博事件

今回の「バドミントン選手の違法賭博事件」については、いろいろと考えさせられたが、基本的には、「スポーツ選手が、なぜ、高額の収入を得ることができるのか?」を考えることが、最も大切なようにも感じている。別の言葉では、「なぜ、多くの人が、スポーツに熱狂するのか?」ということでもあるが、実際には、「社会の部品」となった現代人が、「疎外感」や「空疎感」を埋めるために、「スポーツ」や「ゲーム」に、多くの「時間」と「お金」を使っている可能性もあるようだ。

そして、この時に思い出されるのが、「パンとサーカス」という言葉だが、実際に、現在の状況は、「1600年前の西ローマ帝国の時代」と、よく似てきたようにも感じられるのである。つまり、「生活(パン)」のために、必死になって働くものの、仕事に対する充実感が存在しないために、「娯楽(サーカス)」を求めている可能性のことだが、当時の「西ローマ帝国」において発生したのが、「財政赤字」と「インフレ」だったのである。その結果として、「西ローマ帝国」は、きわめて短期間の内に滅んだのだが、今回も、決して、安心できるような状況ではないものと考えている。

ただし、私自身としては、決して、スポーツを拒否するつもりはなく、反対に、「野球のイチロー選手」や「サッカーの三浦選手」のように、尊敬すべき人物が、数多く存在するものと考えている。別の言葉では、どのような分野においても、ひたむきに、目標に向かって努力する姿は、たいへん尊いものだと考えているが、この時の問題は、「仕事の内容により、収入に、大きな格差が存在する点」とも言えるのである。

つまり、「マネー経済の大膨張」により、現在では、いろいろな分野で、「貧富の格差」が激しくなっているが、この結果として、人々の間に、「本末転倒した意識」が生まれているようにも感じられるのである。具体的には、「お金儲けが目的となり、本来の仕事が、後回しになる可能性」であり、また、「お金儲けのために、いやいや、仕事をするような状況」のことである。

別の言葉では、「職業に貴賤なし」という言葉のとおりに、本来は、「自分の好きな仕事をして、他人の役に立つ」ということが、本来の「仕事」、あるいは、「仕える事」が意味することだと考えている。しかし、実際には、「お金が無ければ生きていけない」という考え方が広まり、「いやいやながら、仕事をする人」が増えているようだが、結局のところは、このような考え方が、西ローマ帝国の崩壊に繋がったようにも感じている。