本間宗究(本間裕)のコラム

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2018.2.22

絶対的他力本願

「親鸞」が主張することに「絶対的他力本願」があるが、私自身としては、今まで、このことに対して否定的な考えを持っていた。つまり、「自分の努力」が重要であり、「他人の力」に頼ることを嫌っていたからだが、「還暦」を過ぎた頃から、徐々に、この認識に変化が起きてきたようにも感じている。具体的には、「人知の限界」とともに、「天地自然の理」が偉大であり、また、きわめて奥深いことにも気づかされたからだが、この点については、実際のところ、「絶対的他力」という「天の計らい」や「神の恩寵」とでも呼ぶべきものが存在するようにも思われるのである。

より具体的には、「全ての人に、最高の環境が与えられている可能性」のことだが、私自身の間違いは、このことに対する理解が不正確だった点でもあったようだ。つまり、「最高の環境」とは、「その人の人間性、あるいは、精神的なレベルを上げるための環境」であり、決して、「地の位」という「地位や名誉、あるいは、お金」などでの成功を意味していないものと思われるのである。

別の言葉では、「現代人」が追い求めるものが、ほとんどの場合において、「地の位における成功」とも思われるが、「天」や「神」が求めるものは、「天の位における成功」のようにも感じられるのである。つまり、「与えられた環境の中で、精一杯の努力をする態度」であり、この結果として、知らないうちに、「精神的なレベル」が上昇するものと考えられるのである。

より具体的には、今回の冬季オリンピックで「金メダル」を受賞した「小平奈緒選手」のように、「求道者」という「真理」や「究極の方法」などを求め続ける態度のことだが、当然のことながら、この時には、「数多くの失敗や苦難」が伴うことも想定されるのである。換言すると、「天の位」を上げる努力が重要であり、この時には、「地の位」が気にならなくなるものと思われるのである。

また、このことが、「唯心論」という、今後の「東洋の時代」における中心的な考え方になるものと思われるが、「西洋の時代」の「唯物論的な考え方」に捉われている現代人には、理解が難しい可能性も存在するようである。そして、何らかの「劇的なショック」が起こらない限り、「意識の大転換」が起こらないようにも感じているが、これから想定される「世界的な大インフレ」については、まさに、この点に関する「天の計らい」とも考えられるようである。