本間宗究(本間裕)のコラム

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2018.7.26

オウム真理教事件の再考

「7月6日」と「7月26日」に、「オウム真理教事件」の被告13人全員に対して「死刑」が執行されたが、気が付くと、「1995年3月」に発生した「地下鉄サリン事件」から、すでに「23年」も時間が経過していた。当時、私は、この事件に、大きな衝撃を受け、さまざまな書物を読み漁ったが、現在では、すでに、ほぼ四半世紀もの時間が経過し、世界情勢も様変わりの状態となっている。

そのために、今回、改めて、「オウム真理教事件には、どのような意味が存在していたのか?」を考えてみたが、当時、悩まされたことは、「なぜ、優秀な若者たちが、あのような悲惨な事件を起こしたのか?」、あるいは、「なぜ、麻原彰晃という人物の命令に、盲目的に従わざるを得なかったのか?」ということでもあった。別の言葉では、この事件に衝撃を受けたことにより、「人々は、何を求め、どのように行動するのか?」について、根本から考え直し始めたのだが、実際には、やはり、「志」や「心指し」が、大きな要因だったものと感じている。

より具体的には、「人々の想いが、その時代の社会を決定する」ということが、歴史を研究するうえで、最も重要な要素だと考えているが、当初、「オウム真理教」に入信した若者たちは、「真剣に修行し、より高い精神的な境地に達すること」を望んでいたようにも思われたのである。つまり、「西洋的な価値観から、東洋的な価値観への移行」を象徴するような行動のようにも感じられたが、実際には、世界中を震撼させるような大事件を引き起こす結果となったのである。

また、この間の推移、すなわち、「過去23年間に、どのような変化が、世界的に発生したのか?」を考えると、実際には、「マネーの大膨張」と「通貨の堕落」が、世界的に進展していたことも理解できるのである。つまり、「マネーの大膨張」が「自然破壊」を引き起こした結果として、未曽有の規模での「異常気象」が起きているようにも感じているが、この点については、「天地自然の理」を無視し、「利益」や「人知」だけが重要視されたことが根本的な原因だったようにも感じている。

このように、「オウム真理教に入信した若者達」は、健全な「動機」を持ちながらも、きわめて危険な「方法論」や「指導者」に遭遇したようだ。つまり、現在の政治家と同様に、「国民のことを考えず、あらゆる手段を行使している状況」のようにも思われるが、今後、どのような結果が待っているのかが、気に掛かる段階に入ったようである。