本間宗究(本間裕)のコラム

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2019.4.28

利口な人生と愚直な人生

最近、哲学者の「梅原猛氏」の著書を興味深く熟読しているが、今回、特に、私の興味を引いた点は、「少年の夢」という著書で、「利口な人生」と「愚直な人生」について説明されていたことだった。つまり、「利口な人」や「世渡り上手な人」にとって、「既存の常識」を疑うことは、「今までの学者を敵に回す状況」を意味しており、「実際には、きわめて危険なことである」とも述べられているのである。

そのために、重要な「閃き」や「アイデア」が得られても、「危機感」を覚え、「そのアイデアを封じ込んでしまいがちになる」ということが「利口な人」が取る行動とも説明されているが、その結果として発生する現象は、「従来の意見だけが信じ込まれる、停滞した社会」とも考えられるのである。つまり、現在の「日本の低迷」は、この点に、大きな原因が存在するものと思われるが、このことに関して、梅原氏は、「懐疑」を抱き、「おかしいことはおかしい」と言える「愚直な人生」を提案されているのである。

つまり、「自然科学」も「社会科学」も、「疑問」を抱き続けた人々が、ある日突然、「閃き」を得たことから発展した状況を強調されているが、実際には、「仮説が、どれほど重要なのか?」を力説されるとともに、「ニュートン」や「アインシュタイン」なども、結局は、「懐疑と直感」、そして、粘り強い「帰納」と「演繹」により、「本当の学問が産み出された」とも述べておられるのである。

また、「この言葉に、最も感動したのは、私自身だったのではないか?」とも感じられたが、実際には、「心の仮説」が完成するとともに、「西洋哲学」や「仏教」などが、より簡単に説明可能なようにも思われたからである。つまり、私自身の「三つの仮説」により、「苦悩が消滅する可能性」が存在するようにも考えているが、この段階に到達するまでには、実際のところ、「ニーチェ」が主張する「ラクダとライオンと幼子」という三段階が必要な状況でもあったようだ。

つまり、私自身にとって、最初に「お金の謎」を考えることが、「ラクダ」という「基本知識」を得ることであり、その後、「時間のサイクル」を追求する過程で、「ライオン」という「既存の常識を取り去ること」が可能だったものと感じている。そして、その結果として、「心の仮説」が出来上がったが、このことが、最後の「幼子」の段階であり、後は、「素直な心で、過去の歴史を検証するだけの状況」であり、また、「このことが、人生において、最も楽しい時間ではないか?」とも感じている。