本間宗究(本間裕)のコラム
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2022.9.20
魂と世界
シュペングラー著の「西洋の没落」では、いろいろと興味深い表現が見受けられるが、具体例としては、「魂と世界」であり、また、「成ったことと成ること」が挙げられるものと感じている。つまり、「時間と空間」との関係性、すなわち、「どのような時代に、どのような社会、あるいは、社会秩序が形成されるのか?」が、人類の、長年の疑問点の一つであり、この点に関して、シュペングラーは、彼なりの結論を導き出そうとしたのである。
そして、この問題に関して、私自身は、「弘法大師の両界曼荼羅」が当てはまるものと感じているが、実際には、「MLBで活躍する大谷選手の利用する曼陀羅」が、現実世界で有効な「金剛界曼荼羅」の可能性である。また、もう一つの「胎蔵曼荼羅」については、「あの世(彼岸)」と「この世(此岸)」との関係性を表しており、この点を理解するために役立つのが、私自身の「心の仮説」とも言えるようである。
つまり、シュペングラーの「世界」という言葉には、「見えるものを見る眼(肉眼)」が当てはまり、一方で、「魂」という言葉については、「見えないものを見る眼(心眼)」が当てはまるものと思われるのである。別の言葉では、「肉体に魂が入った時に、心が誕生する可能性」を想定しているが、この仮説のもとに、「人間社会の仕組みや変化」を理解するためには、「精神」と「魂」を区別する必要性があるものと考えられるのである。
より詳しく申し上げると、「金剛界曼荼羅」については、「現実世界における対応」でありながら、一方の、「胎蔵曼荼羅」については、「阿頼耶識」という「真相世界で、どのようにして、神の智慧を獲得するのか?」が説かれているものと想定されるのである。具体的には、「99%の汗と1%の霊感」という「エジソンの言葉」のように、「現実世界において、さまざまな苦労をした結果として、霊感や気付きで真理を得ること」である。
そして、この点を解明する努力は、今後、「社会科学の次元上昇」に対して、大きな貢献をするものと考えているが、実際には、「シュペングラー」や「村山節」が指摘するように、「時間や文明のサイクル」を理解し、「未来予測」が可能になる状況のことである。つまり、「仏教の四苦八苦」が指摘する「人類の悩みや苦しみ」に関しては、多くの場合が、「お金の謎」や「時間のサイクル」、そして、「心の謎」が解明されていない点が挙げられるものと感じているが、現在の「世界的な金融大混乱」については、「すべての謎が解明される絶好の機会」であり、また、「人類の精神的な進化が発生する時期」が到来した状況のようにも感じられるのである。