本間宗究(本間裕)のコラム

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2015.10.15

速い頭脳と強い頭脳

先日、「二日続けて、日本人がノーベル賞を受賞した」という、嬉しいニュースが届いたが、この時に感じたことは、「自然科学」と「社会科学」との「違い」であり、また、「速い頭脳」と「強い頭脳」の「違い」でもあった。つまり、「大自然に存在する物質」について解明する学問が、「自然科学」であり、また、「人間の行動」について、法則などを解明するのが、「経済学」などの「社会科学」と分類されているが、この時の、大きな違いは、「実験が可能か否か?」とも言えるのである。

具体的には、「自然科学」の場合には、今回の受賞者のように、「微生物」と「ニュートリノ」という、「既に存在する物質」について、新たな発見や応用がなされたが、この時には、「理論を生み出すための実験」が可能だったのである。しかし、一方で、「社会科学」の場合には、「人類の歴史」を参考にしながら、新たな理論を構築する必要性があり、この時には、「自然科学のような実験」ができないのである。

つまり、「約200年の歴史」が存在すると言われている、現在の「資本主義」についても、「初期段階」と「現在」とでは、大きな違いが存在し、また、「根本的な研究や検証のために必要なサンプル数が不足している状況」とも言えるのである。しかし、この点を考慮しても、より大きな「違い」として、「速い頭脳」と「強い頭脳」の「違い」が指摘できるようにも感じているが、「速い頭脳」というのは、「答えのある問題を、早く解く能力」であり、また、「強い頭脳」というのは、「答えの存在しない未知の問題を、粘り強く考え続ける能力」とも言えるのである。

そして、現在、「自然科学」の分野においては、「強い頭脳の持ち主」が、学会などのリーダーとなっており、実際に、「謙虚な態度で、真摯に、新たな理論を構築する努力」を行っているようだ。しかし、一方で、「社会科学」においては、「速い頭脳の持ち主」が、「政治」や「経済」などの分野で優位に立っており、その結果として、「過去の理論などに固執し、現状を見ない傾向」が存在するようにも感じられるのである

つまり、「前例主義」による「官僚支配体制」のように、「今までに経験したことが無い事例や新しい理論などが、拒否される傾向」が存在し、このことが、新たな進歩を阻害しているようにも感じられるのである。特に、現在の「経済学」においては、「基礎理論」である「貨幣論」が欠如しているために、これからの「本格的な金融大混乱期」には、相当の混迷状態に陥ることも予想されるのである。