本間宗究(本間裕)のコラム

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2018.12.14

心の謎

私のライフワークは、「お金の謎」と「時間のサイクル」、そして、「心の謎」を考えることにあり、現在では、最初の二つについて、ほぼ納得のいく答えが得られたものと感じている。そして、今後は、「心の謎」に全力を投入したいと思っているが、実際には、「雲をつかむような話」であるために、基本的な認識の説明から始めさせていただくが、この時に重要な点は、「現在、どこまで理解できたのか?」、そして、「何が分からないのか?」を考えることでもあるようだ。

つまり、「真理」という「今までに体得した間違いのない事実」を積み上げていく方法のことであり、「人生の山登り」と同じ手法でもあるが、今回は、「心の謎」という題名の「ジグソーパズル」を解き明かしていくことだと考えている。そして、最初に重要な点は、「人生の目的」を理解することだと思われるが、実際には、「成仏」という言葉のとおりに、「人間は、何度も生まれ変わりを経て、また、さまざまな体験をすることにより、最後には、お釈迦様と同等の人格にまで達成が可能だ」ということだと考えている。

別の言葉では、「輪廻転生」が前提条件であり、また、「あの世に持っていけるものは、その人が体験したことだけである」という理解でもあるが、この時に問題となるのは、やはり、「心とは、いったい、どのようなものなのか?」ということでもあるようだ。そのために、私自身も、この問題を、長い間、いろいろと考え続けてきたが、現時点では、「魂」と「肉体」とを分離すべきだと感じている。

つまり、「魂」は、「唯識論」が教える「種子(しゅうじ)」と呼ばれる「記憶装置」であり、この中に、「人生のすべて」が記録されているものと思われるが、「心」については、「ころころ」が語源であり、「魂」と「肉体」との間を行き来している状況だと考えている。そして、「芹沢光治良先生」の著書では、「人間が所有しているものは、心だけである」とも説明されているのである。

そして、問題は、「魂」が「肉体」に入ることにより、さまざまな矛盾が引き起こされる状況であり、実際には、いわゆる「原罪」や「業(ごう)」と言われるものだと思われるが、「心」について、最も興味深い点は、「行動が心によって決定される可能性」だと考えている。つまり、「心が動かない限り、行動が伴わない状況」であり、また、「社会情勢」を決定するのは「人々の行動の集合体」のことだが、この時に、「人々の行動」の決定要因となるのは「志」、すなわち、「心の指し示す方向」とも思われるのである。