本間宗究(本間裕)のコラム

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2020.7.13

罪と罰

最近の「度重なる自然災害」を見ていると、「人類の罪」と「天の罰」を考えざるを得ない状況のようにも感じている。具体的には、「過去数百年間に、人類が、地球環境を歪めた状況」のことだが、実際には、西暦1600年頃から、「時は金なり」という言葉が産み出され、また、西暦1800年前後から、「産業革命」や「資本主義」が始まった展開のことである。しかも、最後の段階では、「信用本位制」と呼ぶべき通貨制度が誕生し、その結果として、「実体経済」と比較して、「マネー経済」が「約10倍」という規模にまで大膨張したことも見て取れるのである。

つまり、「過剰な債務」が引き起こした「異常な経済成長」が、現在の「世界的な自然災害」の原因の一つだと考えているが、この点に関して重要なポイントは、やはり、「自然は人間が征服すべきものである」という「西洋の価値観」のようにも感じている。別の言葉では、「人類の罪」として考えられることが、「地球温暖化を引き起こした考え方」を持ったことであり、その結果として、現在では、「異常気象」という「当然の反応」が発生しているだけの状況のようにも感じられるのである。

より具体的には、「天の罰」ではなく、「人類の行動」の結果として、当然の報いが起こっているだけの状況のようにも感じられるが、今後の展開としては、「地球の温暖化を止めること」が必要不可欠の状況のようにも感じている。つまり、「地球の温暖化」が継続する限り、今後も、「より激烈な自然災害」が発生する可能性が高まるものと思われるが、一方で、このことは、「46億年の歴史」を持つ「地球」にとって、「自浄作用」と呼ぶべき状況のようにも感じられるのである。

別の言葉では、100年ほど前の西洋で、「科学と宗教との対決」が発生したわけだが、結果としては、「神は死んだ」という言葉のとおりに、「科学の全面的な勝利」に終わったことも見て取れるのである。そして、現在では、この結果として発生した「人類の驕り」に対して、「罪の償い」が始まっている段階のようにも思われるが、「罪」については、「必ず、償わなければならない」という性質を持っているものと考えている。

つまり、現代人、そして、将来の子孫は、今後、過去の「人類の罪」を償う段階に入ったものと思われるが、このことは、「1600年前の西ローマ帝国」と同様に、従来の生活が難しくなる状況のことであり、今後は、この点が理解できない限り、きわめて困難な状況に陥るとともに、多くの苦悩が発生するものと感じている。